プロの写真家として食べていく為には

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世間の3連休は、3連勤で、ようやく休みです。

最近、まともに写真を撮る機会をもてていなくて、
もやもやしています。
明日、もし、ギラギラに晴れるようなら、
エストポーチにTRYXを忍ばせて、日中ランニングフォトを楽しもうと!
どのルートを走ろうかな。・・・と空想してみたのですが、
どのルートも、走る前のイメージでは撮りたいものが、もう
撮り尽くしていてないんですよね。

そこを走るのが初めてで、出会うもの、全てが新鮮!という
場所は、僕の行動範囲の中では、そろそろなくなって来ました。
「行ったこと、撮ったこと」は、たいてい、どこも一回は経験したと。

実際に行動を起こして、
一期一会で偶然に期待するしかない・・・趣味じゃなかったらこのスランプは
恐怖だろうなぁ。

撮りたい気持ちがあるのに、撮りたいものが思いつかない。
これは、本業がおろそかにならないようにという、セルフ危険信号なのかもな。
僕は「写真家」ではなく、「塾講師」ですからネ。
明日の休日は、光をいっぱい浴びながら、授業のネタを練るとするか。



価格コムのトピックス

自分が、20台の頃って、趣味としての写真は好きでしたが、
他にも好きな事がいっぱいあって、(今もですがw)
職業としての写真家やカメラマンを意識した事は皆無でした。
そういう職業って、テレビタレントなどと同じ、浮世離れした、別世界の話しで、
憧れすらしなかったな。

このトピックス、斜め読みしてみましたが・・・

外野は、難しいよ、出来るわけないわと好き勝手いってますし、
本人もわりかた、安易な思いつき程度っぽいので、アレですが、
こういうのは、どんどん夢見て、挑戦して、飽きるところまで
が~~っと行けばいいねんと思います。

たいてい、食っていくだけなら、ギリギリ何とかなりますもんね。
もちろん、夢とは別の「バイト」でライフラインは確保すると。
で、いつまでも、飽きなければ、本物だと。


寄寓にも、今、チビチビ読んでいるのが、
写真家として、食っていく事を決意された直後の、
若かりし頃の、森山大道氏の「犬の記憶」
いやまぁ、壮絶でスリル万点の人生という感じです。

コジャレた書斎やリビング、休日の、ほのぼのとした
家族との時間を大切に・・・という戦後日本的理想の人生からは対極の
日常。

どっしりとした、情緒安定という雰囲気は微塵もなく、
ヒリヒリと、嗅覚ばかりが尖がって、がんばってるつもりが空回りしたり、
裏切られ、ののしられ、そして、奇跡的に感じられるチャンスに出会いながら
成功を蓄積されていくという、あぁ
これが、「写真家」という職業なんだろうなと。