DOCUMENTARY #3 大辻清司から α7R Ⅵ+アポランター65mmへ ライバルはエイトバイテン!

写真は感情を写すものだという話がある

けれど僕が惹かれ続けてきたのは、

「対象そのものの硬さや手触り」を

凝視するような即物的な写真だった

その原点にあるのが、大辻清司の撮る航空機の写真だ
機体の金属皮膜、整然と並んだリベット、そこに漂う油の匂い

そこには人間的な物語や情緒が入込む隙はなく、

ただ「圧倒的なモノ」としての存在感と構造美だけが鎮座している

日常の片隅にある手すり、神社参道のお店の壁面、

ふと目に入る建築の幾何学

そうしたモノの表面にへばりつくテクスチャや「異物感」を、

いかに冷酷に、そして高密度にフレーム内へ定着させるか

長年愛用してきたα99や各種マクロレンズで試行錯誤を続けてきたけれど、

どこかで

現代の最先端最高峰の光学技術なら、

この先にある解像の壁を突き破れるんじゃないか

という欲求がずっとくすぶっていた

ハイレゾDAP+超高級ヘッドホンにドキドキした感覚と似ている

ラージフォーマットへの憧れと、α7R Ⅵの導入
柴田敏雄が描くダムや構造物の緻密な幾何学、

あるいは百々俊二が大判カメラ(8×10)で捉える圧倒的な情報量

大判・中判といったラージフォーマットの魅力は、

単に「大きく伸ばせる」ことではない

Beatsgalleryで鑑賞したエイトバイテン+大全紙プリントの壮絶な美しさ

画面の隅々まで一切の滲みや歪みがなく、

すべての画素に情報がギッチリと充満している

「像面の圧倒的なフラット密度」に背筋が寒くなる

こんな世界があったのか!!

大判カメラ+バイテンフィルム+大全紙プリントなんて、

機材の価格そのものより、撮影コストが狂っている

一作品が2万あたりでコンスタントに売れるフォトグラファーでないと

趣味で継続は無理だ

2026年のど真ん中、12年連れ添ったメイン母艦α99→α7R Ⅵへと移行した
約6800万画素という変態的な解像力を持つ

現時点で世界最強のフルサイズセンサーを手に入れた瞬間、

それは単なるカメラの買い替えではなく、

フルサイズでどこまで大判的な即物性の世界に肉薄できるか

という実験のスタートだった

いくらボディが怪物でも、

そこに注ぎ込むレンズの光が甘ければ何の意味もない

この高画素の隙間に、

一切の滲みなく光を叩き込めるレンズはどこにあるのか

APO-LANTHAR 65mm F2 という「答え」
当初は純正の最高峰SEL50F12GMなどを思い浮かべていたけど、

AIと相談して浮上してきたのが、

自身、完全に盲点だったマニュアルフォーカスレンズ

——Voigtlander MACRO APO-LANTHAR 65mm F2 Aspherical だった

コシナが「フォクトレンダー史上最高峰」と謳い、

光の三原色の色収差を物理的に極限まで消し去ったアポクロマート設計のレンズ

調べていくと、これが笑ってしまうほど自分の写真スタイルにドンピシャだ

ハーフマクロ(1:2)で質感に肉薄できる
単なる風景単焦点ではなくマクロ機構を持つため

被写体の微細な皮膚感や錆、

ひび割れを画面いっぱいに「凝視」してえぐり取る事ができる

65mmという絶妙な「パースのない」画角
50mmのような遠近感の歪みがなく、

中望遠マクロほど標本的、遠遠感に陥らない

画面を幾何学的かつ平坦(フラット)に構築できる

絶妙な画角

像面平坦性と色収差ゼロがもたらす「冷酷な像」
フローティング(近距離収差補正機構)機構により、

近接から無限遠まで画面四隅の解像度が一切低下しない

コンクリートのエッジや金属のハイライトに生じる紫や緑の偽色が

物理的に「ゼロ」であるため、

表現から情緒や曖昧さが削ぎ落とされ、

どこまでも冷たい「物質感」だけが定着する

三原色(RGB)の色収差排除が生む、極上のモノクロ表現
一見「色」を消すモノクロにアポクロマートは不要に思えるが、実は真逆だ

カラーでの色収差は、

モノクロでは「エッジの微小なボヤけ」として変換されてしまう

RGBの波長が完璧に1点に結像することで、

明暗の境界に余計な濁りが挟まれることなく、

刃物のように鋭利な黒と白のエッジが立ち上がる

さらに現像でにコントラストを追い込んでも、解像度が一切破綻しない

春に16mmフィッシュアイでパースの歪みを極限まで楽しんだ後だったからこそ、

その真逆にある「極致の平面解像」へ向かう流れは、

自分の中でもすごくしっくりきた

感情のPlanar、冷酷のAPO-LANTHAR
手元には、マウントアダプターを介して使っている「Contax Planar T* 50mm F1.4」がある

開放の湿り気のあるトーンや空気感を包み込むグラデーションは、

今でも代わりのきかない「情緒のレンズ」だ

そして今回、衝動的に注文した「APO-LANTHAR 65mm F2」は、

その完全な対極に位置する「即物と冷酷のレンズ」になる

Planar 50mm: 被写体との間に流れる「空気や気配」をすくい取る

APO-LANTHAR 65mm: 感情を排除し、被写体の「密度や構造」を凝視する

6800万画素のキャンバスを、この対極にある2本で使い分ける

なぜ50mmでも85mmでもなく65mmなのか

①妥協なき光学性能の産物

「F2の明るさ・ハーフマクロ・完全アポクロマート(色収差ゼロ)」を

一切の破綻なく成立させるために物理計算から導き出された

「必然の65mm」

②伝説の系譜

かつて世界を震撼させた「125mm F2.5 Macro」の思想を標準域へ移植した、

コシナの意地と象徴

③映画的画角=人間の「注視野」

50mmのわずかなパースを消し、

85mmの圧迫感を避けて「構造と存在感」を克明に描く

映画撮影レンズ的な幾何学性

ちなみに、現在でも本格的な映画のレンズは全てMF!

つまり、65mmという数値は単なる奇をてらった変化球ではなく、「究極の画質を追求した結果、物理的にそこへ辿り着かざるを得なかったロマンの数値である

光学的な解像度のピークは「F5.6」
アポランター65mmの物理的な解像性能は、F4〜F5.6で完全なピークに達する
6800万画素という超精密なセンサーにおいては、

「回折現象」の影響を受ける手前のギリギリのラインがF5.6
「一番線が細く、刃物のように鋭利にチリチリ解像する」のは、まさにF5.6

8.5段手振れ補正の恩恵を受け、F5.6まで絞り、SS下限1/16秒で極力低ISOで切る

ずっしりとした金属鏡筒を両手でホールドして息を吐ききって

EVFのピント拡大を覗き込んだとき、

一体どんな真空のような解像世界が広がっているのか

AIと相談しながら自分でも知らなかった最高の相棒に行き着く、

というなんとも現代的な体験を経て、

あとは冷たい金属の塊の到着を待つばかりだ

LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族 大爆死だったらしいが・・・

SWが終わった後4連勤した後の通常連休初日

外は雨

絶好の後ろめたさなく引きこもれる休日って事で

積映画崩しを

LUPIN THE IIIRD THE MOVIEシリーズの〆

当時映画館に観に行きたいと思うほど楽しみだったものの

評判があまりよくなく、なおかつ、

このころから映画館+贅沢外食セットのコスパの悪さに

経済状態が耐えれなくなったってのもあっていかなくなったんだよな

 

タブンアマプラ落ちするだろうと思ったし・・・

 

で、表題の不死身の血族

 

部屋を暗くして観たというのあるけど

始終画面が赤っぽい、常に流血、溶岩(ホントは違う)

血肉・・・配色がバグってる感

ず~~~~っと、いわゆる痛みを伴う

戦闘シーンの連続で、ルパンらしい

ファッション小物の描写や、エロス、

コミカルなシーンが皆無でひたすら暗い

 

キャラクターデザイン的に無敵の登場人物たちが

ことごとく全く歯が立たず、

まるでジョジョ2部のラスト状態

これ、あれやな、

昔さる漫で描かれてた

「強敵のインフレ化」の典型やな

最終的には宇宙の悪の権化みたいなのと戦うしかなくなって

意味の分からない宗教チックな話に陥って

人気も消えてゆくやつ・・・

 

この手の作品て、ラスボスとの戦闘より、

それに至る、中ボスとの戦いの方がメインで面白いもんで

キメツはその点ラスボスまで上り調子だったのが

改めて凄い

 

ただ、この作品を、

ルパンのキャラを借りたアクションプロモーション映像作品とするなら

かなりの贅沢な感じ

回想シーンで各話のカッコいいシーンをキチンとインサートしているのが

ベスト盤ぽくてお得

それなら、ストーリはあってないようなもんでも、

寧ろ、庵野監督とかみたいにわざとけむに巻くような難解なものに

するのもアリやったのに

変にそういう小細工に走らなかったのは監督の賭けやったのかもしれない

結果大爆死したらしいが・・・

てか、これは流石にサブスク限定で、地上波では流せないだろうな

80年代のアニメ大好き枠とかの文化って完全に滅んだしね

 

EDのBzは当時から全く興味のないアーティストだったので

ガッカリ

もっと、アダルトなジャズとかにしてほしかった

映画の後の遅い昼飯はセールチーズバーガーと自家製豚ミンチスープ

これが、外映画館+外食やと

交通費無視で、映画クーポンdayを駆使しても¥6000コース

いやいやいや、もうそんなん無理やわ・・・

自家製スープウマいし、

🐰なでながら、スマホゲー周回させながら、

自宅リビング映画との体験差はないからね

さて、ホントは今日は筋トレDAYだけど、

なんか気怠いなぁ

低気圧病やろうな

 

この勢いでもう一本ナニカ観てみたいけど

同一娯楽は重ねない方が楽しめるので、

映画は今日はココまで

奈良原一高さんのエッセイでも読んで寝るとして

明日も雨らしい

何を観るかな

アマチュアフォトグラファー界隈でプリントやZINE売買を楽しむ時代

ガンレフでお世話になっているえふ5.6さんのこの作品にひとめぼれして

無理をお願いしてプリントを譲っていただいた☆彡

バチバチのトーンで、モニターで見るのと感動が別格

DCMプリント部門の常連の方が持たれている武器はココまで

鋭いのかと驚きます

勇気を出してお願いしてよかった

えふさん、ありがとうございました!

 

額装したいものの、気に入って使っているソフケン ソリッド5 シルバーがちょうどこのタイミングで品切れ&変な業者の高い奴だけになったので保留中です

 

個人的にはプリントやZINEの売買なんて、もっと気軽に、

インディーCDやインディーゲーム、同人誌界隈と同じレベルで楽しめる

時代が来るべきだと感じています

 

ただ、ZINEやプリント販売価格は、過渡期というのもあって

人によってさまざま過ぎて、聴いてみないとわからない

こちらから頼んでみた場合、恐ろしい価格を言われてきて

「えっ・・・そこまでは」とフェードアウトする事もままある(苦

これも界隈暗黙の了解で大体の価格が統一されたらいいのになと思う

 

個人的にはBeats代表岡島さんの

プリント販売スタートは

A4なら¥1500、A3で¥3000程度

贔屓ミュージシャンのシングルやアルバムを買うノリ

そして売れていったら値段を倍にしていく!

というスタンスが気に入っている

まぁフジのプレミアムプリントだと赤字なので

その時は要相談なんでしょうがw

 

プリントは印画紙を使ったデジタルシルバープリント派なので、

自身ではプリンターを持たない主義だけど、

それだと、いわゆるプリント部門に応募できないので

もどかしい思いをしている

まぁコンテストだけがアマチュアフォトグラファー界隈の

楽しみ方じゃないし、貧乏がモットーなので、

しばらくはWeb応募一択かな

 


最近の気づきが

フォトコンで勝つ作品

自分が好きな作品

には明確な差があるってこと

 

そして、その好きな作品も

PCで鑑賞(壁紙など)で事足りるもの

写真集や、雑誌、ポスターなど印刷物

ガチの額装前提のプリント

の三段階に分かれるなと

フォトコンに関しては、

なぜ、この作品が1位で、自分の作品は選外なの??の連続

あぁ、これはすげぇな、負けだ負け

という素直な眼ではなかなか見れない

 

この悩みを最新AIに聞いたとて、

1位作品といえば、その前提でいい所ばかりを探すし、

落選作品といえば、落ちた理由をあらさがしされる

つまりは、絶対的な価値評価があるわけではなく、

こちらの質問の仕方で傑作にも駄作にも

それらしい回答しかよこさないんですよね

なら「どっちもある」が正解かというとそうでもない

やっぱり、コンテストに強い人は

どの選者でもトータルでは常に強い

 

絶対に一定の正解があるはずだし、見えている人には見えているはずだ

いい写真の理論が身体に入った状態で

あとは、事件に出くわすかどうかの運ゲーを楽しむレベルの

人たちが常勝グループなんだという認識

 

なんだ、その審美眼の差は??

分からないからこそ既に分かっているであろうヒトの存在にたいして、

悔しいし嫉妬するし、それがモチベにもなる

 

見える側になりたい!

 

小林先生は、人に褒められるための、

コンテストに勝つための写真を撮ろうだなんて事ほど

つまらない体験は無いと言い切られている

 

ただ、それって、褒められる、勝てるものはこうと

分かったうえで、自分はこれがすきなんよ

っていうからカッコいいんであってさ


まぁ当面はこの葛藤の熱さで楽しみますかね