願いが叶ったら幸せという大きな誤解
どんなに望んだものを手に入れても、そのものや状況は必ず変化するので願いを叶えてもそれが続くということはあり得ない
嫌なことを好きになろうとする方向の努力は今の日本社会構造下では特にNG、
嫌なことを考える時間自体をいかに減らし嫌なことから距離を取れるかのディフェンス能力が超重要
「逃げは卑怯」や「現実逃避」という言葉で自他汚染する人間は
すごい勢いで必ず自滅していくから放置すればよいとはいえ、まだいる残党に貴重な自身の残り人生を1ミリも譲らない
ただし、わがままとか、自分さえよければという意味では決してない
願いを叶える事で幸せになりたい系はできる限り手放す
今のまま、今の自分が幸せである、今、幸せになるが重要
ものや状況や他人に幸せを探しても見つかりにくく移ろいやすい時代
内面に幸せをみつける事に定義シフトさせる事
今の現実の中にいいと思えること、いい気分になれること、幸せを感じることを意識して探す
探せば探すほど幸せな気分でいられる時間がグングン増えてくる
①今が不幸だから努力するべき
②今すでに幸せだけど、さらに幸せになりたい
この二つは努力の本質が全く違う
風の心地よさ、光のきらめき、道端の草花の美しさ、美しいものをただ美しいと感じる、休日は少し足を延ばして自分の見たい美しい景色を見に行く、美しいものへの感度がどんどん上がっていく
いつもより少しだけ丁寧に座り、いつもより少しだけ丁寧に呼吸をし、目を閉じる
ヒーリング系の曲もいい。理想は15分、毎日
せわしなく動き回ってる思考がだんだん静まってきて自分自身の思考が見えやすくなってくる
大事なものを受け取りやすい状況になる
直感は冴え、集中力がまし、余計なぐるぐる思考は勝手に消える
いろんなことを考えすぎて、疲労と不安で頭がいっぱいという時、考えてもわからない事はわからない。キッパリ割り切るには風呂につかる
お気に入りの入浴剤、お湯と香りの心地よさを感じる
そして、風呂上りに飲み物を丁寧に用意して、ゆっくりと味わう
その一杯の中に、おいしさも、幸せも、豊かさも全部詰まっているのを感じる