脳を酷使し続けると自分らしさを失う→ボーっとしろと

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野菜を美味しく食べたいなぁ~~という時は
ドレッシングにこだわるに限ります。
てか、ドレッシングを美味しく「飲む」ために
野菜があるともいうw

塩分過多で身体を痛めることで、逆に心を癒すという
アルコールと似た感じの駄目な療法とでもいいましょうか。

スマホ認知症”20代の物忘れ外来患者も

の記事を読んで、
おいおい、これって、別にスマホをやるから認知症
成るんじゃなくて、情報過多で脳が疲れると認知症
同じような状況になるって事だろ。
一時の脳トレ系のゲームなんて、休日も脳を刺激しまくって
エリート脳へ、ボケ防止にetc
てなノリでしたが、あれなんて、この主張の間逆じゃねぇか!

そんなの、スマホじゃなくても、学生ならテスト勉強、
社会人なら日々の仕事で情報過多なわけだから、
回避しようがないやん。

回避=逃げ=生活が苦しくなる

のがいやだから、色々しがみついてがんばるのにさ。

ぼーっとする=禅
ですよね。これは僕も興味をもち始めていたことです。
昔は暇地獄は嫌いだったのですが、
あえて、暇を味わうことと、
解決できない仕事の悩みはひらきなおること

これで生き延びようと。


常に凄いレベルアップをしてそれでないと生きていけない状況を
追求するのではなく、
そこそこいい感じでストッパーが自働で働かせて、
悲壮感溢れる周りに巻き込まれず、
感じのいい人生、基本は上機嫌で

コレが、2010年代末のライフハックだと思うんだよな。