500色色鉛筆の存在価値

子供の頃、色鉛筆、クレヨン、絵の具等の「画材」で、
標準のものより多色セットを持っている子にあこがれました。
 
たいてい、お金持ちのおぼっちゃんなんですよね。
レアな、金色、銀色を惜しみなく貸してくれるので、
庶民が群がる群がるw
 
そして、この500色色鉛筆。
 
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たぶん、これを購入する層って、色鉛筆アートにガシガシ使うんじゃなくて、
500色のうち、実際に使うのは、1%以下と観たw
 
読みもしない本やゲーム、模型を買いこんでは、
戸棚に並べていく、あるいは、床に積み上げていく
「積み○○」は、
邪道な楽しみ方ではなく、
むしろ、その積んだものから出る、
 
「可能性」
 
を楽しんでいるんですよね。
 
必要以上の貯金も同じで、お金の持つ
 
「可能性」
 
の量を増やすがためが「目的」として成立しちゃう。
何かを買うためじゃなくて、可能性を増やすため。
お金を金貨に買えて、ジャラジャラしては、
音を楽しむのも「可能性」を触っているわけw
 
そして、死ぬ間際に、
まだまだ「可能性」あるわ。「可能性」に十分かこまれてるわ~
とフワフワといい気分になりたい・・・・のか??
まだ、分かりません。
 
が、全否定はしません。
なんせ、貧乏ですから想像すら出来ないですw
 
しかし、この500色色鉛筆、
もし、何本かなくなってかけただけで、
価値が一気に十分の一以下に減りそうなw
 
これぞ、道楽趣味だなぁ。