小学校の頃点がとれなくても、理科が好きだった。
中学になると、ばねを伸ばすとか、玉を転がすとか、つまらなくなって、
高校以降は、二度と見たくない!
大体の、日本人の典型パターンですね。
「理系」に進む人であっても、
中高は、「点がとれる」から、理系なのであって、
好きでたまらない、面白くてたまらないという人は、
案外少ないぐらいです。
そもそも、小学校時代の、
「ほぼ全員が理科が好き」
これは、なぜなのか、今まであまり深く考えたことがありませんでした。
実験や体験が多いから?
中高になっても、もちろん、実験はあります。
でも、そこまで面白くない。
教科書に載ってるのをわざわざ、するの面倒。あと片付けもいや。
レポートまとめが、面倒。
大多数の普通(=ボンクラw)理系学生ともなれば、
実験は、単位のために必要なものの、地味で、億劫なもので、
じゃんけんで負けたものが記録取りを担当して、残りメンバーは、
女の子とイチャコラしたり、ゲーセンや、雀荘にいったりしちゃいます。
この「差」「壁」の正体はなになのか。
その疑問が、一気に晴れたのが、先日偶然手にしたこの書籍でした。
テストの点は悪くても「理科」は好きである。
日本国民共通の理科体験
本来異なる歴史の天文、科学、物理、生物が「理科」にまとめられる。
理科室に閉じ込められる体験。
芸術から、工作、コレクション、時に料理、スポーツ、ギャンブルすら駆使。
星を見て、海に浮かび、氷ですべり、爆発したり、光ったり、覗いたり、異性の白衣・・・
およそ、「好奇心、興味」と名が付く要素全ジャンルがごちゃ混ぜに絡む、スーパー科目。
中学生以上の受験科目で点を取るための学問
大学生、社会人で、仕事としての研究
これと、
小学生時代のエンターテインメント的理科
は、似て異なるものなんですね。
自身が、しばらく、封印していた、この8年間の数々の特殊職場での体験も、
傍観者側になって、振り返ってみて、正しい味わい方をようやく
理解できた気がしています。
「受験科目で点を取るための学問」としての理科を
また、再び、生活の糧として、磨いていくことになって、
僕の授業の魅力の原点、子供、自身双方のモチベーションの高め方を
凄い勢いで、再認識しています。
かなり、「ノリノリ」に成ってきました。
久しぶりに、脳が笑って、すべてのギアがキレイに、フルに回る感覚です。
色々、イラン事まで教えてやろうと、ニヤリとたくらんだ顔で、授業を開始できる。
この感覚になれば、こっちのもんです。
あと一日で新章スタート!
いよいよです。
少し話題がそれますが、
一つ興味深いのが、小学校時代の理科体験が終わっても、
大人に成ってからの、懐古趣味としての「日本的理科趣味」というものの存在です。
この点については、また、改めて、考察してみたいと思っています。