古書店ドリスの可能性

新聞記事で、古書ドリスの店長のインタビューを読みます。
 
不特定多数のお客様とお取引するよりも、
刺激的な本との出会いを求める少数派のための
カルト・ショップであることを選びました。
この店長のポリシーに久々、頭の中の何かがはじけて、スイッチが入ります。
 
まんだらけとかなんかが、昔、こういう立場にあったと思うのですが、
「裏」がどんどんメディアに取り上げられて、「表」に回ってきて
ただ高いだけ、入手困難なだけで、みんなが知っているもの
ばかり。お金さえ積めば、いつでも手に入るや~という感じ。
なんだか、つまらない気がしていました。
 
買い物なんて、アマゾン、楽天、オークションさえあれば
全部事足りるやんと感じていましたが、
ドリスは違いました。
 
最初、タブレットで、さらっと、オフィシャルHPを見ましたが、
これは、生半可な態度ではダメだ!と、
PCを起動。
一晩かけて、コレクションをドキドキしながら閲覧します。
 
知らない書籍まみれだ!!
 
普通の書店には並ばない、アマゾンですら、取り扱っていない
「珍品」「貴書」「洋書」の1点モノオンパレード。
買い逃すと、以後、めったな事で出会えないんじゃないかという
独特の「カリカリ感」w
 
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おっ!
このモノクロポートレートなんか、相当な手足れだなぁ。
アマゾンには・・・無いな。
しかも、ドリス以外、グーグルキャッシュは、全部、ドイツ語、英語圏のみ
どういう情報、流通ルートで、こういう書籍知識を知るんだ??
 
と一つ一つ新発見の連続です。
 
一冊一冊、店長ポリシーのフィルターがしっかりと掛かった
書籍群に、一気に目を奪われます。
子供の頃、町の本屋さんしか知らなかった頃に、
初めて、梅田の旭屋書店に連れて行ってもらった時の興奮を
思い出しました。
 
 
80~90年代は、僕は相当なサブカルかぶれで、
カルト映画、書籍や怪しくマイナーなコレクションアイテム、
ゲームなんかを大量に買い込んでは、
オトナの厨2感を満喫していました。
 
独りの時間、独りの夜をこよなく愛し、夢想する
「孤独FAN」だったんですよね。
 
いつの間にか、息子、娘と、立て続けに家族が増え、
新築一戸建てを35年ローンでば~んと買ってしまいます。
そのくせ、自分の可能性にかけたいなんていう、その年頃特有の
青臭い浅はかさで、安定した職場を捨て転職→
波乱万丈の10年にもまれる事に・・・
 
気がつくと、非常に生真面目で、塩っぽく、スマートな薄い
私生活を送ってきた感があります。
それを否定するつもりはありませんが、何かが最近物足りない・・・!
 
 
そういう時に出会った、ドリス店長の言葉で、
僕の中のヲタク魂が最熱です。
 
昔は、休日のたびに、繁華街に出かけて、
たった、一冊のレア本やソフトのために、
一日中歩いて、しらみつぶしに店舗をめぐって、
定価の何十倍にもなったプレミアム価格でボッタクられながらも、
自分のアイテムを手に入れる事に興奮していました。
 
ごく一部の「ワカル」友人と情報を共有し、
その芽がある、リアル厨2達を授業の合間にチラチラと
洗脳、もとい、そそのかしてwは、目覚めさせて、一緒に楽しむ。
 
これが、本来の僕らしさのメインだったよなと。
そのためには、アンテナを四方八方に張って
すぐに首を突っ込んでは、飽きたらさっと撤退する。
 
もっと、自分独自の感性ブランドを育てて、楽しまないと!
 
 
どろどろとした、陰鬱な気持ちや絶望に押しつぶされそうになった時、
無理やりに、スポーツや、前向きの努力、正義で「砕く」ばかりだと、
必ず行き詰ります。
享楽に身を任せて、しばらく流されて、怠惰な悪で「しなる」事を
うまく折衷しないと、毎日が面白くなくなってきます。
 
そういう意味でも、ドリスのコレクション紹介を参考に、
イッキ買いした、10冊の書籍達で久々に今時のサブカル感をチャージしたいなと。
 
たぶん、色々落ち着いて、一回りして、そういう季節に再突入したんでしょうね。
そして、また飽和して、飽きたら、健康、健全第一で修行僧のような
ストイックさを楽しみゃ~いいかな。