ありきたりで退屈、つまらない作品とは

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受験国語の勉強の一貫で、川柳や俳句の鑑賞方法について調べていたのですが、
イマイチの川柳のポイントが、
写真にもつながる内容が多くて、メモしていました。
 
同想・・・誰でも考えそうなモチーフは、結局、どの句も相打ちになってしまいます。
日常の平凡な風景から、他人が見つけないような題材を取り上げると、
それだけで輝きが増してくるものです。
単純発想を避け、
他人が見落としたり気付かないことを句にするようにしましょう。
川柳は遊びですが作法があります。
「見入れ」  自分の目で題材を既成概念をそのまま句にしたり、
起きていることを単に説明したり、
新聞記事などから十七音の報告をしても川柳として読む人に
「その通り!」という共感を与えません。
作者が実際の目で見て感じたことを十七音にすることが大切です。
 
どんなに上手いことを言っても、
昔から言われているようなことを読んでも取り立てて意味がありません。
「今」を生きる一人として作者が感じた「視点」を十七音で定着することが大切です。
 
いわゆる「説明句」。よくいえば論理的ですが、当たり前のことを解説しただけで終わってしまう、
初心者の作品に最も多いタイプ。
自明な事柄を説明しただけに終わっていないかをチェックしましょう!
 
ある事象を報告して終わり、というタイプ。
たとえば「朝起きて顔を洗って服を着る」というのも五・七・五ですが、
これではただの日常報告となってしまいます。
「宝くじ またもはずれて 夢となる」
 「0(ゼロ)の数 六個以上は 縁が無く」
これらのように事実をそのままではなく、
「宝くじ またもハズレた 腹の虫」
 「ゼロの数 縁なき程の 汚職記事」
といった具合に、もうすこしイメージを自分自身や社会と関連づけると句が生きてきます。
 
物事の因果関係をいっただけの句で、「ゴモットモ川柳」などとも呼ばれます。
十七音で理屈をいっただけでは面白さ、感動をよび起こしません。
「あって良し なくては困る お金かな」
読者の共感を得るためには、「ゴモットモ」ではなく「そうだ!」と言わせなくてはなりません。
「あってよし 無くても金で 世が廻り」
このようなところでしょう。
 
三者にはあまり興味をひかない手柄や、自分だけの考え、言葉遣いに走ってしまうタイプです。文芸作品には、もちろん作者の“個”がなくてはなりませんが、普遍性を持たない独善だけでは、単なる個人的言葉になってしまいます。
「あと十円 コーヒー買えずに 肩落とす」
数詞に絶対的理由がありません。
「自販機の 前で小銭に 裏切られ」
こうすれば、「10円」という限定を逃れて句に広がりまで出ますね。
 
 
詰込型になっていないか十七音という限られた容器に、何でもかんでも詰め込もうとするタイプ。引越しのトラックのように、積み込めるだけ積み込もうとするので「コンテナ型」ともいいます。散文的になったり、混雑するだけで言いたいことが何も言えず、意味不明なものになりがちです。
「今日も100円 明日も100円と貯めても 使うのは子や孫」
言葉を選択し、焦点を絞り、切り取る。これが大切です。
「百円を 毎日溜めて 子に盗られ」
これでも、十分に気持は伝わるでしょう。
 
 
詠嘆型になっていないか第三者にはそれほどとも思えないことをしきりに詠嘆してしまうタイプです。表現用語に、意味もなく「や」や「かな」を用いるのも特徴です。
「災害の 確率ほどの 金利かな」
 「財布みる 並ぶばかりは カードかな」
 「増税を 置き土産する 総理かな」
自分から詠嘆してしまうと、読み手に伝わりにくくなります。
「災害の 確率ほどに つく金利
 「働かぬ カードが並ぶ デブ財布」
 「増税を 土産に総理 椅子を捨て」
詠嘆より、描写する方が読み手に気持が伝わります。
 
 
説教型になっていないか何かにつけて叱り、決めつけるタイプです。
教訓的、悟道的口調になります。
「札束が 人間性を 曲げて行き」
 「政治家は 無駄な税金 使い過ぎ」
これでは教訓じみた説教に終わってしまいがちです。
「堅物の 背骨を 札束が曲げる」
 「政治家の 手から血税 零れてだす」
ここでも、「人間性」とか「税金使いすぎ」といった作者の主観を裏に隠して、表現は描写にします。
すると、読んだ人が作者の言いたいことを感じてくれるようになります。
 
 
標語型になっていないか説教型に似ているのですが、スローガンやキャッチフレーズのような呼びかけ口調のものです。読者の同意を求める調子が顕著に出てきます。
「生きた金 遣えと言って 逝った父」
 「生涯は お金と命 大切に」
川柳には、客観的存在としての普遍性を持たせましょう。標語的な発想は、残念ながら添削することができません。最初から、標語的にならぬように注意しましょう。
語戯型になっていないかシャレや語呂合わせなどに興じる、いわば言葉遊び的なタイプ。川柳のユーモアと、言葉遊びとを混同しないようにしましょう。
「生活と 税にゼイゼイ 我が暮らし」
 「孫さんの マネーゲームを マネしたい」
駄洒落も、決ると面白い句が生れますが、多くは単なる語戯で終わってしまいます。語戯でも、内容を持ったものなら、どんどん挑戦してみることも大事です。古い句ですが
「呑み込めと 歯のない親父 言いふくめ」 「狂句百人集」より
は、コトバ遊びですが言い得て妙です。
 
 
突き詰めると、どのジャンルでも、コンテストシーンで求められていることって
「だれも経験したことがない、その人にしか発見できない」
「第三者に対する共感」
 
この二つなんですね。
 
何百枚も撮って、何回もコンテストに落とされて、
おぼろげながら気づく・・・という前に、普通の人は、飽きてやめてしまう。
これはもったいない!
 
ゲームマニュアルと同じで、事前に基本ルールを理解したうえで、
楽しんでいく事が重要だと改めて実感です。