
そこでは少女が思う存分堕落することができ、人生をまるごと捨てることができ・・・身を持ちくずしていくことができる
人々が信じている何事かがこれからも続いていくようにすること、その何かを信じること、それが「善」の本質なんだ
でも、永遠に続くものなんてない
そうだよね

倫理的に堕落した最低最悪の大人が街にあふれていたなら、わたしだってこの学校やこのセカイを憎まずにすんだはず
みんなは決めつけてくれる人間が好きなんだよ。何かを決めてくれる、決断してくれる人間のまわりには「空気」が生まれる

セカイはどんどんどんどん健全で健康で平和で美しくなって、その善意はもはやとどまるところを知らない
「適度に」ということばを最後まで口にできずに佇たたずんでいた・・・は明確に禁止されはしないものの、忌避されるべき猥褻な害毒であるとの空気

わたしたちはどん底を知らない
どん底を知らずに生きていけるよう、
すべてがお膳立てされている

紙で出来たデッドメディアでテキストを読む・・・どうしてわざわざ本で読むの・・・誰かが孤独になりたいとしたら、死んだメディアに頼るのがいちばんなの
世界の底辺で腐りかけた不要な知識

メディアと、わたしと、ふたりっきり・・・持久力という点では本がいちばん頑丈
「孤独の持久力」
完璧な調和とは、何も意識しなくてよいという結果に必ずつながってしまう

優しさは、対価としての優しさを要求する
精神的な嘔吐感・・・はどう見ても危ない人にしか思えなかったし、みんなが某婦人の口から吐き出されるいがいがした言葉のひとつひとつにうんうんとうなずくのが不思議でならなかった

本は重くてかさばるよ、持ち歩くには
うん、重くてかさばるから持ってるんだよ・・・重くてかさばるのは、いまや反社会的行為なんだ
悪癖がその末期になっても頑固に擁護されたのと同じ理屈

『退屈』だ、未来は単に広大で従順な魂の郊外となるだろう。昔、バラードって人がそう言ってた。SF作家。
わたしたちは昔の人が思い描いた未来に閉じこめられたのよ

我々は程々に嗜たしなむことを知っている・・・外の世界でいまだ嗜まれているもの、我々の社会が禁じたもの・・・諸々の「不健康な」嗜好品

この場所に至るまでにわたしは多くのことを試してきたし、大切なものを失ったということ
『主流派』はイデオローグを、求心力を失った。あとは世界の混沌が片をつけてくれる

わたしたちにとってたったひとつの冴えたやりかた
自己嫌悪という感情は、その感情を誘発する脳の機能は、どのような環境で必要とされ、進化上組みこまれたのだろうか

派手な色彩の建築はまかりならん、と誰が法律で定めたわけでもないというのに、そこに広がっているのはひたすらに薄味で、何の個性もなく、それ故ゆえに心乱すこともない街だった

ようやく世界に失望し、その失望のままにやり過ごす術を学んだのだ
ある状況下において必要だった形質も、喉元過ぎれば不要になる
人間は、いやすべての生き物は膨大なその場しのぎの集合体なのだ

・・・を愉しみとしてリアルに体験した最後の世代
倫理は、神聖さは、すべて状況への適応として脳が獲得したに過ぎない継ぎ接ぎの一部だ。悲しみも、喜びも、すべて「ある環境で」においてのみ、生きるために必要だったから、生存に寄与したから存在しているだけだ。喜びという感情がどういう環境で必要だったのかは判らない。悲しみという、切なさという、そうしたそれぞれの想いがいかなる環境で必要だったのかはわからない

世界は徹底的に優しくなっていた。芸術さえも
我々が糖尿病を治療するように、感情や意識を「治療」して脳の機能から消し去ってしまうことに何の躊躇があろうか

今はフィルタのおかげで事前に『見てしまう』ことへの警告があるからそもそも誰も見てくれないし、芸術家自身、そんな悪趣味なアイデアを思いつけないようになってる。昔の人の想像力が、昔の文学や絵画が、わたしはとってもうらやましい

欲望と意志のあいだで針を極端に振ることしかできない、できそこないのメーターなんだよ。ほどほどができない
わたしに力をくれたものは、わたしが連れて行く
すばらしき新世界
幸福を目指すか、真理を目指すか

人間は極端な出来事を経験しちまうと、丁度いい頃合いをとるのが難しいんだな。反動で思いっきり逆の方向に針を振っちまう
わたしは人間がどれほど野蛮になれるか知っている。そしていま、逆に人間が野蛮を──自然を抑えつけようとして、どれだけ壊れていくかを知った

人間の魂をいじる、こいつは魅力的な研究だ