
「カメラではなく、写真について語ろう」
この言葉が苦手だ

「写真について話そう」ならわかる「語ろう」??
あと、なぜそこにイチイチ「カメラではなく」を入れたがるのか

自分がやっとの思いで買ったorおいそれとは買えない機材を簡単に手に入れて雑な写真を量産している輩に対する苛立ちか

写真自体はさほど好きでもないであろう富裕層が商材目的や貴金属を収集するノリで高級機材をポンポン買うキラキラ報告に対するやっかみか
・・・いや違う
最近分かったのが、こういうことをいう輩はお金も十分に持ってて高級機材も持てるし、写真もうまく実績もある
そのうえでこういうことを言ってるんだと・・・界隈一軍ね
近寄ったら眩しく被ばくして劣等感コースだよ全く

「カメラの事はいいから写真について」というフレーズには
欲しい機材は全部手に入れてきた
写真の事も分かっているオレ(達)は
同じレベル同士だけで語ろうという選民思想があるわけだ
下々の者はそっと逃げ去るしかない・・・ヲハズカシイカギリ

物価がオカシイ
正直目新しさは無く、そんな大した機材と思えない
俺の感覚だと精々新品30で新古品で25、2年待てば20ってとこだ
未使用保管投資アイテムでもない実用機材に70万??

物価がオカシイのではなく、世界標準はもちろん、大多数の「普通の人」が
俺にとっての70万を20万ぐらいに感じてるってことについに気づく

「普通の人」なら70万ぐらいなら夏ボーナスの一部で自分へのご褒美でかっちゃえると・・・なんやねん!
同じフルタイムの仕事で、職種違いでそこまでの所得差って必要?
日本の仕組みあってる??

普通の人・・・好きで得意だった仕事がまさか現役のうちに滅んで最底辺低所得職種に没落するとか学生時代に絶対に読めんかった、この理不尽ね

自分が今撮りたい好きな被写体には高い機材の「高さ」が無力ってのが唯一の幸運

無尽蔵にどの機種でもレンズでも自由に使っていいとなったとしても、それを使って何か撮りたいという欲望が全くない事に気づく

「勉強して成績上げてどうするの?」
という問いに対してそうしないと将来食ってけないと不安で煽るか
逆にお金持ちになれるよという人参をチラつかせるか
両方大嘘だったというのが30年の社会実験で完全に明るみになった

ここは明治以前の原点に戻って学問は「人がもともと持つ好奇心=自然と湧き出る好きの感覚」しかモチベ足りえないと

そのモチベは十分な休息、栄養、そして良質の「退屈」と「空腹」
これがないと湧いてこないというのをようやく実体験で学んだ
この年までかかった
勉強のモチベは勉強で作るモノじゃないんだよ

「高い機材買ってどうするの?」
「写真技法学んでどうするの?」
コレもきっと同じだな

手持ちの機材では撮れない世界をどうしても撮りたいという渇望感がいるんだよ

憧れの作家や作品の撮影技法やバック思想を知りたいという恋に近い感覚ね

あらゆる欲に賢者モードと荒ぶるモードがあるのと同じだ

健康で文化的な最低限度の生活・・・「最低」ねぇ
サイテイ・・・カワイイ女の子に言われたら傷つくねぇw

な~~んにも誇るモノない
コンテストも全落ち更新半年
これは最大のチャンスだな
マッタク腹が減ってきたぜ