
不幸を遠ざける方法として
考え方を変えるというのはよく知られているものである
しかしそれは正しい方法ではない
何故なら強大な苦痛の前では
「思考」はまったく力を持たないからである
必要なのは
微笑、あくび
本気で落ち込んでいるときそんなものが効くはずもない・・・これは錯覚
行動と想像を同時に行うことはできない
人の苦しみの多くは想像力によるものなので
身体を動かせば必ず楽になる
しかし苦しみの情念に支配された人はそれを少しも信じようとしない
それほどに情念とはやっかいなもの
どんな好ましい出来事にさえ
悲しくなる理由を探し出す
悲しみや苦しみに必要以上にとらわれる
これは身体の病気と同じく
心の病気
苦しみにあれこれ理由を探さず、
ただ病気として我慢する
この点に気づくべき
抗おうとするのではなく
普通に我慢する
自分を悲劇の主人公にしてしまう
不幸を強制しているのは
社会でも環境でもなく
ほかでもない
自分自身
情念に対抗するためには
強い意志=自分が幸福になるという誓いが無くてはならない
不機嫌な人がいる時は注意
不機嫌は伝染する
不機嫌と同じように
上機嫌も伝染させられる
観光目的の旅行者は大急ぎで観光地をまわる
限られた時間でより多くの思い出を作るために
そんなことでは大した思い出にはならないというのに
思い出を豊かにするには
数を減らしてでもじっくり楽しむこと
職人や芸術家は成功を収める事より
自分の意志で行う仕事だからこそ価値がある

たいした才能も能力もない人間は
本当の幸福を得られないのだろうか
もし誰もが真の幸福を得られるのではないのだとしたら
いったいなんのために人はいきるのだろうか

戦場は人に思考の隙を与えない状況の最たるもの
戦場では人は行動に溺れる
死の恐怖とは死に直面していない者だけが感じるもの
恐怖という情念は状況ではなく想像によって生まれる

戦場にあっては人は嫌でも興奮状態になる
恐怖とは真逆の高揚・・・すなわち快楽と置き換えてしまいやすくなる

たとえその方が幸福になれたとしても
それが自分にとって本当の幸福だとは思えない