陰翳礼讃343 私がとらわれていた「しなきゃ」

「しなきゃ=既成概念」から解放されたきっかけ

 

今にして思うと業界自体が右肩下がり確定してたのに、マウント競争にあおられて、全部自分の能力責任として追い込んで無理をしているうちに、じわじわ麻痺しバグった脳で自力で異常事態に気づけていない状態に

休みの日の晩御飯の途中でもクレームのLINEが入ると即職場に急行という生活が続く中

普通の日常ですら、理由なく焦燥感、不安感、緊張感にずぶずぶ埋もれていくように

 

まともに眠れなく、厳重に耳栓をしても隣家の室外機の音ですら目が覚めるようになってしまって恥を忍んで最後のよりどころで病院にすがったものの解決せず絶望のどん底

 

そんな中、いつものように出社してオープンしようとした時、カギが根元から折れる

数秒間何が起きたかわからない。晴れの昼間の大通りで悲しくもないのにぬるい涙が垂れる。部屋にすら入れず立ち尽くしている時、キッパリ敗北を認めて中学受験から始まっていたプライドをかけた古い時代の競争観念から降りる覚悟をついに決めた

 

もう、残りの人生、たとて貧しくなっても、好きで得意なことしか絶対にしないぞ!!

 

そこから毎月一回清荒神参拝を続けてもう数年

ずいぶん自分を休ませる練習を積み、あきらめる力もついてきたなと

それでもやっと一日の中でBADとノーマルが半々

そんなBADをぶつけるのがランニングとベンチプレスとバイクと写真

 

そんなこんなで僕の写真は常に癖が強くて

同じ鍵を持ってる人にだけ「あぁね」と伝わるんだろうなと